シミュレーションは当たり前の道具になった

Monteloは、エンジニアリングを専門としない建築設計者でも、温熱解析・風解析・エネルギーシミュレーション等を直感的に行える設計支援ツールである。

これまで、ある空間の温熱環境や気流の解析を行うには、専門家が数日がかりで作業を行うのが常識だった。しかし現在、図面を渡して「この部屋の温熱環境が見たい」と意図を伝えるだけで、AIが自律的にシミュレーションを回せるようになった。

AIは図面を読み解き、解析に必要なモデルを作成・デフォルメする。次いで解析の目的に応じて設定条件を決定し、適切なメッシュを切り、境界条件を組み立てて、ソルバーを走らせる。驚くべきは、途中の処理でエラーが発生した場合の振る舞いだ。AIはエラーログから原因を自ら特定し、設定を修正して、計算が収束するまで何度でもリトライを繰り返す。

環境シミュレーションは、日常的な建築の設計業務のなかで非専門家でも簡単に扱えるものとなった。

3台の天井カセットから広がる気流の解析断面
室内の気流を断面で可視化した解析結果

ソルバーではなく、インターフェースの発明

なぜこのようなことが可能なのか。前提として、我々はシミュレーションの計算手法、すなわちソルバーの原理を新しく開発したわけではない。

発明したのはソルバーそのものではなく、それを扱うためのインターフェースである。シミュレーションのインターフェースとは、ユーザーとソルバーの間に立ち、ソルバーが正しく計算を実行できるよう、過不足のないモデル条件・設定条件を拾い集めてくる機構のことである。

我々はMontelo開発の中で、このプロセスを極めて再現性のある形で定式化し、自動化する仕組みを作った。たとえば、「空調機をどこに配置するか」「風量をいくつに設定するか」「メッシュをどの細かさで切るか」といった一つひとつの意思決定があり、この各ステップは、それぞれ独立したモジュールとして用意されている。

AIエージェントは、ユーザーの意図を柔軟に汲み取り、各モジュールにどんな数値を設定すべきか、さらには、複数のモジュールをどの順番でどう組み合わせるべきか、モジュールの連結の仕方を解くことによって、必要な処理を自動で行う。

モジュールの中身まで毎回ゼロから作らせることはしない。AIに自由にコードを書かせるとモジュールの再現性まで失われてしまい、ハルシネーションのリスクが高まる他、コストや時間が不安定なものとなる。また、エラーが発生した際の原因の切り分けも難しい。

逆に、モジュールの組み合わせ方次第では、たとえば「設定温度だけを変えて3パターンの解析を並行して回す」「最初の計算結果を見てから、気流がぶつかる箇所だけメッシュを細かくして再計算する」といった、設計者の要望に寄り添った極めて柔軟な処理が可能となる。

AIの行動をあらかじめ用意した枠組みに閉じ込めつつ、その枠内で最大限の自由度を持たせる。この「安定性と汎用性のトレードオフ」の設計こそが、インターフェースを安定稼働させるための最も重要な工夫である。

何をどう回すことがユーザーのためになるのか?

ここまで聞くと、「いずれClaudeやChatGPTのような汎用モデルがもっと賢くなれば、専用の仕組みなど不要になるのではないか」という疑問を抱く方もいるかもしれない。

もちろんそれは正しい。汎用モデルが進化すれば、空間認識力やゼロから生成したコードの精度も向上し、手軽なプロンプトでそれらしいシミュレーションを回すことなど、すぐに当たり前の技術になるかもしれない。

しかし、真の論点は、ユーザーの設計業務にどう貢献し、人間の能力を拡張できるか、にある。

設計者が求めているのは、シミュレーションの作業そのものの効率化ではなく、より良い設計判断につながる示唆(インサイト)である。そのためには、AIとの間でシミュレーションの意図や前提を共有し、設計者が途中で自由に介入できるような、高度なインタラクションが必要となる。

主導権を人間に戻す

Human-in-the-Loop(HITL)という概念がある。

ソフトウェア開発の業界では、コードの全自動生成を掲げているDevinよりも、エディターを通じて人間がAIと共同作業をするCursorのほうが、本格的な開発では多くのユーザーを集めている。CursorのCEOであるMichael Truellも、「全自動も試みたが、人間の要件が曖昧すぎるため、いまのAIでは成立しない」と語っている。つまり、人間の暗黙の意図を汲み取らずに、ただ処理だけを自動化しても意味がないというのだ。

Monteloにおいても同様で、Human-in-the-Loopのユーザー体験を重視しており、チャット、ビューア、エディター等の機能を通じてユーザーが途中で積極的に意図を反映できるようにしている。

例えば、一口に「夏場の温熱環境を見たい」と言っても、空調の容量選定を行いたいのか、窓際の直達日射を抑えたいのかによって、必要な解析は異なる。前者は熱負荷計算やエネルギーシミュレーションを扱う一方、後者は開口部の光学特性やMRT(平均放射温度)が重要となる。

Monteloに解析結果の説明を依頼し、読み取りと考察が表示された画面
解析結果の読み取りと考察をAIに確認する対話

数々の顧客接点と、専門的な知識や業務理解に基づき、我々は設計者が無意識に抱えている隠れたコンテキストや、まだ言語化されていない意図を補完する仕組みをいま確立しつつある。AIがユーザーに聞き返すことによって、設計者は自分の中で言語化できていなかった暗黙の前提に気づかされることもあるだろう。

さらには、今後さらに多くのユーザーから貴重なフィードバックを収集することで、この性能はさらに向上していく見込みがあり、汎用モデルがどれほど賢くなろうとも、この接点の機会は代替することができない。

私たちがMonteloを通して目指しているのは、専門家が親身に伴走してくれるときの感覚に近いものだ。ユーザーの前提条件を確かめ、別の見方を提示し、必要なら「先にこちらを見たほうがいい」と言う。ユーザーから判断機会を奪うのではなく、判断するための信頼ある材料を自分から差し出してくれる。

ここまで見てきたのは、AIがシミュレーションを通じて人間の判断を支援する姿である。では、この仕組みをさらに一歩進め、AI自身が設計案をつくり、シミュレーションで比較・検証しながら改善していくとしたらどうなるだろうか。次章では、シミュレーションを「設計そのものを探索する道具」へと拡張することを考える。